羽やすめ文庫
「〇〇なのに、〇〇」な夜話

「〇〇なのに、〇〇」な夜話

2024.06.27
読みもの/

からりと晴れた金曜日。
仕事帰りに友人を誘って、
河和田川へ蛍狩り。

視界がおぼつかない夜の川辺は
「〇〇なのに〇〇」な矛盾がたくさんあって、
その日の蛍狩りは、少し不思議。

そんな、蛍と矛盾を楽しんだ日の話。
「〇〇なのに〇〇」な夜話。
6本立て。
 
 

「いるのに、いない」

蛍を見ながら、川辺を歩く。
遠くの街灯と月明かりだけ。
僅かな光しか捉えられないせいで、
人の輪郭に、夜が滲んで見える。
確かにいるのに霞んで見える。
ぼんやり、歩みに合わせてゆらゆら揺れる。
存在が薄くなって、
なんだか、幽霊みたいに感じる。
本当にいるのか疑いたくなる。
群れる蛍火の揺らぎに酔いながら、
幽霊も一緒にゆらゆら揺れる。
あの世にいるような錯覚を楽しむ。
 
 

「はっきり見えないのに、はっきり聞こえる」

幽霊みたいな存在感。
それなのに、音だけははっきり聞こえてくる。
アスファルトに靴底が擦れる音。
楽しそうな話し声。
すぐ後ろを通り過ぎる人の、
目に映る姿は曖昧なのに、
耳に入る音は明瞭で、
存在感の矛盾に面白い混乱が起きる。
 
 

「同じ場所なのに、違う匂い」

暗くなり始めた頃に感じた、
鼻をくすぐる青草のツンとする匂いが、
夜が深まる午後9時ごろに、
急に土と木の匂いに変わった。
陶芸の匂いがする、と友人も空気を探る。
同じ場所にいて、何も起きていないのに
辺りの空気の匂いが違う。
理由を探して見回したけれど分からない。
草は眠りについたのだろうか。
もう一度、深呼吸してみる。
 
 

「黒いのに、透明」

土手の下にある小川は
最早ただの黒い塊にしか見えない。
けれど、ずっとじっと見ていると、
空の光と山際の景色の
僅かな反射が見えてくる。
そこに気ままに動く蛍の光も映り込んで、
だんだん、鏡みたいな奥行きが見えてくる。
でも昼間なら見える川底がないせいか、
奥行きは深く遠く永遠に
続いているような気がしてきて、
透明で底のない、
別の世界への入り口のように思えてくる。
入ってみたいけど、ちょっと怖い。
 
 

「見えないのに、見える」

夜の小川は黒い塊。
せせらぎが聞こえるのに、
水の動きはよく見えない。
蛍が1匹、塊の近くに飛んでくる。
光の形が違って見えるね、と
友人が塊の方を指差す。
綺麗に丸く映る光と、形が歪んで映る光。
黒い塊に変わりはないのに、
反射の形で水面が見える。
はっきり光が映るなら、流れのない凪いだ水面。
分裂したり震えたり、忙しなく光が動くなら、
流れの急なうねる水面。
川の形を想像しながら、
変わる光を目で追いかけた。
 
 

「現実なのに、非現実」

それでもやっぱり目を奪うのは、
百匹近くの蛍の光。
天の川みたいだなぁ、と
後ろを通る人影が呟いた。
蛍を目で追っていると、
偶に蛍が空へ飛んでいく。
その先には星空があって、
上にいるのか下にいるのか、
でもそんなことどうでもいいや、と
思考が終わって、また光を眺める。
友人と話していても、発した言葉が
そのまま景色に吸い込まれるような感覚もしてくる。
自分はここにいるけれど、
話している自分がちょっと離れたところにいる気もする。
ずっと蛍のいる景色を眺める。
時折訪れる、瞬きの息がぴたりと合って、
淀みなく一斉に光る瞬間にため息が出る。
終始地に足がついていない、
静かなうわついた感情でいっぱいになる。
子どもが虫籠に捕まえた蛍を川辺へ離す。
水みたいに蛍が数匹流れ出す。
やっぱり違う世界にいる気がする。
ずっとここにいてもいいと思う。
 
 
ところで、
非現実は現実がないと見つからないらしい。
夢心地の世界に浸りたいと思うけれど、
そこが日常になったなら
ただの景色に変わるのだろうか。

蛍がつくる非現実の時間は
夏の始まりには最高の世界だった。
 

蛍の夜話、これにておしまい。

  • 文:亀井夢乃

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