昨年の10月の初め。
毎年、鯖江市の河和田町で開催されている
ものづくりイベント「RENEW」へ行きました。
なんだかこの書き出し見たことあるな、と
そこはかとなく感じた方は
去年の読み物を読んでいただいた方なのでしょう。
ありがとうございます。
2025年のRENEWも感じ・考えたことがありました。
龍泉刃物さんの工房見学をして、
感動そのままに次の日1枚の絵を描き上げて、
そうして感じた、
絵とデザインと打ち刃物の共通点のようなもの。
そのお話です。
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今なら丁度、見学ができますよ。
そう聞いて入った工房は、
窓から白い光が差すだけの薄暗い場所で
熱せられた地鉄が赤々と目に飛び込んできた。
私と友人以外にも既に人が集まっていて、
工房の方の説明を受けている。
その視線の先に、刃物を打つ職人さんの姿。
鍛治炉や水槽、大きな電動ハンマー、
たくさんの道具が置かれた石造の作業台が
コの字状にぐるりと並び、その中央、
人ひとり分の効率化された空間で
炉にくべた地鉄を見つめている。
炎を受けて、汗が一筋こぼれて光った。
持ち手の長いニッパーのような道具で
熱せられた地鉄の長い棒を掴み出し、
先端を少し打って、そこに細長い鋼をつける。
(調べてみると道具はヤットコというらしい)
再び熱してから電動ハンマーで一気に叩いて
自鉄と鋼を接合させる。
そこが刃の部分になるそうだ。
再度炉に入れられ柔らかくなった鉄を
火花を散らしながら打ち鍛え、
大まかな包丁の形へ整えていく。
繰り返される工程を見つめていると、
あの大きな電動ハンマーは
職人さんの体の一部なのだと感じ始める。
あれだけ運動エネルギーが大きな機械を、
塩梅を知り尽くし、強弱をつけながら
滞ることなく自然に扱っている。
機械ではあるけれど、
体の延長上にあるもののようだ。
鉄を打つ重たい音が何度もこだまする。
職人さんとそれを見る私たち。
介入を許さない静かな緊張感。
窓から差した媚びない白い光が
陰影濃く鍛治の現場を浮かび上がらせる。
地続きに同じ空間にいるはずなのに
薄い膜で隔たれているようだった。
美術館で絵画を見ているときに似た
不思議な感覚がした。
とても崇高なものを見ているという感動の横で
どうして一眼レフを持ってこなかったのだろう
という後悔がじわじわと濃くなっていく。
この感覚と感情を残したいのに残せない。
手持ちのiPhone11で奮闘しつつも結局諦めて、
それなら絵に残そうということに決めた。
けれど、絵は絵で難しかった。
スマホで撮った資料写真を見ながら
下書きに色を載せていく工程は
これではない感が漂っていて悔しかった。
色選びは毎回苦心するけれど、
写真と似た色を作ってそのまま乗せた絵は、
私の手癖に置き換わった写真の絵でしかない。
これは絵にする意味があるのか?という不安を
払拭するべく本を手に取る。
ミッチェル・アルバラ氏の『風景画のレッスン』
絵柄に関わらず勉強になる本で、
デザインにも参考になる本だと思う。
同じ年の春に買って読んでから、
私の中で「先生」に位置する本になっていた。
その本を読みながら、絵を描き直す。
細かく描いていた形を単純にして、
考えなければならない部分を減らす。
固有色で塗るのをやめて
塊を意識しながらグレーの濃淡で区分けする。
なんだかデザインの仕事で
野路さんに貰う助言に似ているなと思いつつ、
削ったり描いたりしていった。
少し引いて眺めてみる。
あの工房はもっと暑くて、目に染みるような
赤々とした雰囲気があったと、
大きく赤色を重ねてみる。
段々と、あの静かで緊張した雰囲気と
抱いた感情に近づいた感じがした。
描いていたものを単純化してしまったら、
頭の中も整理されて、
感情を乗せる余地が出た。
振り返ってみると、私は
そのままを正しく描くことが正しいことだと
凝り固まって絵を描いていたように思う。
でも、伝えるためには「正しくあること」が
必ず第一優先にくるわけではないのだ、と
今更ながら体感した。
感情を伝えるときは、
嘘の色が本当よりも本物らしく感じたりする。
伝えたい感情を受け取ってもらえるように、
目の前のモデルの何を描いて、
何を描かないかを決めていく。
事実に自分の解釈を加えて、再構成しながら、
伝えたいものを描く。
絵を描くことは「編集」なんだ、と思った。
それなら、デザインも同じ「編集」だ。
クライアントの課題を解決するために、
事実を整理して、再構成しながら、
必要であれば新しい解釈や視点を加えて、
より伝わる形へと編集していく。
RENEWは伝統工芸や工房の見え方を
新しく編集したイベントなのだと改めて思う。
RENEWに行くと視点が増える感覚がする。
解像度が上がって、敷居の高かった伝統工芸が
日常に近づいてくる感じがする。
2025年から始まったKOGEI COMMONSの会場。
鉄パイプと白い養生シートと
カラフルで幾何学なグラフィック。
工事現場で使われているものが、こんな風に
明るくて開放的な見え方になるんだと驚いて、
同時に頑張らねばという思いがした。
そんなことを考えながら、ふと、
刃物を打つことも「編集」と
言い換えられるのでは、と思った。
見た目の美しさ、切れ味の良さ、使いやすさ。
その工房が理想とする刃物へと
厳選した素材を編集する。
なんだか恐れ多いことをしているという感覚と
共通点を見つけることができた嬉しさがあった。
遠いと思っていたものに、
同じ文脈を発見することは楽しい。
デザイナーとして働く上で必要なことだと思う。
遠いけれど近い。
敬意と親近感。
目の前の完成した絵を眺める。
こんな絵も描けるのだという発見と、
描きたいものを形にできた達成感。
嬉しかった、すごく。
もっといろんな絵を描いていきたい。
おわり







